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アレックスバンド/ザコーリングwikiプロフィール!現在は?

更新日:

2001年に "Wherever You Will Go" が大ヒットしたザ・コーリング。その後も立て続けにヒットを出してカリスマ的な人気を誇りました。

あんなにすごかったのに、現在はどうしているの?と不思議に思う人もいるかもしれません。

実は、近いうちに久しぶりに新しいアルバムを出すという情報があります。

この記事では、ザ・コーリングとボーカルのアレックス・バンドさんについてのプロフィールと、現在の様子をご紹介します。

実を言うと私はデビュー当時からずっと聴き続けている大ファンなので、ファンだからこそ知り得る事実も混ぜて、wikipedia並みの(ところどころそれより詳しい)濃い情報をお届けします!

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The Calling の Alex Band プロフィール

ザ・コーリングのボーカルのアレックス・バンドさんを紹介します。ザ・コーリングとはどのようなバンドなのかは、後で説明しますね。

プロフィールとインスタなどSNSまとめ

 

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名前:アレックス・バンド(Alex Band)

本名:アレクサンダー・マックス・バンド(Alexander Max Band)

誕生日:1981年6月8日(現在37歳)

出身地:カリフォルニア州ロサンゼルス(アメリカ)

ジャンル:オルタナティヴ・ロック、ポスト・グランジ

楽器:ギター、ベース、ピアノ、ドラム、サックス

インスタグラム:Instagram - Alex Band   Instagram - The Calling

ツイッター:Twitter - Alex Band

フェイスブック:facebook - Alex Band

ウェブサイト:The Official Website Alex Band's The Calling

YouTube: YouTube - Alex Band

 

時々誤解する人がいるのですが、「アレックス・バンド」が本名です。「アレックスがやっているバンド」という意味ではありません(笑)。

曲はほとんどすべて自分で書いています(共作含む)。

音楽以外の技能は、ヘリコプターパイロットとしての免許を持っていて、時々操縦して楽しむそうです。

 

幼少期

アレックスさんは、ロサンゼルス、ハリウッドで生まれ育ちました。

彼の家族はイタリアにお城を持っており、ヨーロッパで過ごすことも多かったそうです。

どこのお坊ちゃん…⁈と思いますが、やはり芸能界に近い環境で育ちました。

父親はチャールズ・バンドさんという「パペット・マスター」などで知られるホラー映画監督。アレックスさん曰く「劇場公開されずにすぐビデオになる二流ホラー映画監督」とのこと。

そのため、アレックスさんは小さい頃から撮影現場に遊びに行ったり、時には子役として出演していました。

「一番幼い頃の記憶は、熊が少女の洋服を引き裂いて食べているという場面」だそうです(笑)。

とても恵まれた環境のようにも聞こえますが、両親はアレックスさんが幼い頃に離婚し 、お母さんはアレックスさんとお姉さんを残して家を出たので、当時はとても辛い思いをしたようです。

ただ、その後に父親は再婚して弟が2人生まれ、再婚したお母さんはドイツに移住し3人の息子をもうけました。お母さんとドイツの弟たちとはその後も交流があり、「僕には弟が5人いる」と言っているので、最終的には家族に恵まれたと言えるかもしれません。

 

一家の中には他にも芸能関係の人たちがいましたが、音楽関係の人はいませんでした。

それなのに、アレックスさんは5歳の頃にはもう音楽の道に進みたいと決めていたそうです。そして、8歳の頃には自分の曲を演奏したものを録音し始めていました。

次の動画は、小学校の卒業式で、初めて人前で演奏した時のものです。12歳ぐらいでしょう。

Alex Band First Performance

天使ですか⁈っていうくらい可愛いですよね。この頃はまだすごくうまいとは言えないかもしれませんが、キラリと光るものが見えます。

とにかく音楽が好きで好きで、幼い頃からひたすらその道を邁進してきた人生なのです。

 

 

ザ・コーリング時代

デビューまで

アレックスさんはいくつかのバンドを経た後、お姉さんが付き合っていたアーロン・カミンさんに出会い、一緒に曲作りをしたり音楽活動を始めました。これがのちにザ・コーリング(The Calling)になります。

2人はデモテープを作り、有名音楽プロデューサーのメールボックスに送り始めました。

とはいえ、メールに添付した音源を送っていたのではないですよ。本当に郵便受けに入れていたのです(笑)。というのは、このプロデューサーは、アレックスさんと同じ通りに住んでいたから。

そして、アレックスさんが15歳の時、レコード会社と契約するに至ります。

しかし、プロデューサーはとにかく完璧なアルバムを作ることにこだわり、実際に「ザ・コーリング」としてデビューしたのはアレックスさんが20歳の時でした。

ザ・コーリングは、バンドとしてデビューさせたいというレーベルの意向から、アレックスさんとアーロンさんの他、3人のミュージシャンを加えて5人になっています。この3人は、曲作りにもレコーディングにも参加していません。

 

ザ・コーリングとしてデビュー

2001年にデビューアルバムの「カミノ・パルメロ」、そしてデビューシングルの「Wherever You Will Go」をリリースすると、大ヒット。

デビューアルバムは、世界中で500万枚以上を売り上げました。

"Wherever You Will Go" は世界中で大ヒットしたので、題名を知らなくても耳にしたことがある人は多いのではないでしょうか。

このメロディと声は一度聞いたらなかなか強いインパクトを残しますよね。

The Calling - Wherever You Will Go (First Video- in Tijuana)

当時はまだYouTubeがなかったため、このビデオがアップロードされたのは2009年になってからですが、再生回数は、3億回以上。

アメリカでは、アダルト・トップ40のチャートでなんと23週連続1位

ビルボード・マガジンはこの曲を「2000年代(2000年〜2010年)のナンバー1アダルト・ポップ」と呼びました。

また、「コヨーテ・アグリー」をはじめ、様々な映画やドラマなどにも使われました。

 

当時はバックストリートボーイズなどのボーイバンド最盛期でしたが、ボーカルのアレックスさんが、「ボーイバンドの端っこで踊っていそうな可愛い容貌なのに、それに全くそぐわない野太い声をしている」ことでも話題になりました。

続けてこのアルバムから「Adrienne」「Could It Be Any Harder」をリリースし、カリスマ的な人気を誇りました。

 

セカンドアルバムとザ・コーリング解散

その後、2004年にセカンドアルバムの「Two」をリリース。

この時、バンドのメンバーは、アレックスさんとアーロンさんの2人になっていました。

セカンドアルバムから 「Our Lives」 など数曲のシングルをリリースし、ヒットしました。

しかし、レーベルからプロモーションのための十分な支援がなく、デビューアルバムほどはヒットしませんでした。

そして、この頃、アレックスさんの奥さんが命が危ういほどの病気にかかり、アレックスさんは続けて仕事をキャンセルしなければならない事態に。

奥さんを救うために臓器移植が必要になり、Donate Life(ドネイト・ライフ)という臓器移植のコーディネイト団体に関わるようになり、チャリティー活動も行っています。

そして、2005年にザ・コーリングは解散、アレックスさんはその後ソロデビューを目指して活動を始めます。

 

 

ザ・コーリングの定義

アレックスさんのその後に進む前に、ザ・コーリングの解散後はその定義が難しくなるので、ちょっと整理してみます。

その後、アレックスさんは

Alex Band
●Alex Max Band
●The Calling
●Alex Band of The Calling

などの名義で音楽活動を続けています。

再び「ザ・コーリング」名義を使い始めた時は、「再結成?」と思った人もいるようですが、アレックスさんとアーロンさんは、2005年の解散以来、一緒に音楽活動はしていません。

実はアレックスさんとアーロンさんの間で、「ザ・コーリング」という名前の使用権をめぐってもめているのです。

アレックスさんはソロ活動を始めてからもザ・コーリング時代の歌は歌い続けていたし、自分の書いた曲でもあるので、「ザ・コーリング」を名乗ることは自然なことでした。

しかし、アーロンさんもデビュー前からアレックスさんとかなりの曲を共作しており、それが初期のサウンドに大きな影響を与えていたのも確かなので、自分とアレックスさんの2人がザ・コーリングだという気持ちが大きいのでしょう。

一方、アレックスさんは、アーロンさんは曲作りのパートナーで、ザ・コーリングはずっとワンマンバンドだったと主張。もめたので、感情的にももつれちゃったんでしょうね…。

この名義問題はファンでも混乱するところだし、人によって見方が違うと思います。

1ファンとして正直に言うと、確かに初期の作品には本当に素晴らしいものがあり、アーロンさんの功績は認められるべきではないかと思います。

でも、その後もアレックスさんが生み出す曲もいつでも本当に素晴らしく、名義なんてなんであってもとにかくアレックスさんの歌が聞ければいい…!というのが正直なところです。だって、名義が何であっても、やる曲は結局同じですからね。

でも、ビジネス面を考えると、そういうわけにはいかないのでしょう。難しいところです。

で、次のアルバムは何名義で出すのか、ファンもわかりません(笑)。

 

 

アレックス・バンドのソロデビューまでの道のり

ザ・コーリングの解散後、ソロデビューを目指すアレックスさんは再び同じレーベルと契約しますが、のちに「ザ・コーリングのデビューまで5年も待たせたプロデューサーと再び契約したのは間違いだった」と述べています。

というのは、この時も、2007年にリリースされる予定だったソロデビューアルバムの発売が遅れに遅れたのです。

実はこの期間に、このレーベルに在籍し10年に渡ってマネージャーを務めていた友人が亡くなりました。それに伴う社内の変動にこのソロアルバムのプロジェクトは翻弄されたのです。

自分のやりたい音楽を自由にできない、プロデュースの裁量権がないフラストレーションで、アレックスさんは契約を解消することを決意します。

1年かけて交渉し、やっとのことで契約を解消した後、アレックスさんは自身のレーベル、AMB Recordsを設立。

ソロデビューアルバム用に録った音源を、家も車も売り払って前レーベルから買いとらなければいけませんでした。

そして、2010年、ついにソロデビューアルバム「We've All Been There」をリリース。

結局また、前のアルバムリリースから5年もかかってしまったのです。

その後、2012年にミニアルバム「After The Storm」をリリースしました。

 

 

アレックス・バンドの数々の苦難

ソロデビュー後

2010年にソロデビューアルバムをリリースした当時のアレックスさんは、5年ぶりに自分の音楽を世間に出せた嬉しさから、本当に幸せそうに見えましたし、音楽的にも絶好調でした。

大きなレーベルから出したわけではないのでプロモーションに巨額の費用を出せるわけでもなく、ザ・コーリング時代ほどの大ヒットは出ていませんが、チャート入りは果たしました。

デビュー曲が世紀の大ヒットだったので、それに比べたらなんでも見劣りしてしまうのは仕方ないですよね…。

でも、ソロデビューアルバムの評価は高く、音楽的にも円熟してきていました。

若い時の怒りをぶつけたような鋭さはありませんが、よりメロデイアスな曲で、声もより美しくなり、全体的に聴きやすくなっています。キャリア的にも、いよいよこれから、という時でした。

が、次々と不幸な出来事が彼を襲いました。

 

事件

2013年8月、ザ・コーリングの再結成を宣言し(先ほど書いたように、アーロンさんは参加していません)、ミシガン州のイベントでライブ演奏を披露した後、アレックスさんは深夜にコンビニに行こうとしたところを2人の男にさらわれ、暴行を受けるという事件に巻き込まれました。

命を奪われそうになりましたが、もうすぐ子供が生まれるから、と言ったら解放してもらえたそうです。

これだけでもひどいことですが、さらに「再結成直後の事件なんてタイミングが良すぎる。やらせではないのか」という憶測も流れ、バッシングを受ける羽目に。(もちろんアレックスさんはやらせを否定しています。)

 

 

パーキンソン病を告白

他にも、彼を大きな苦難が襲っていたことが分かります。

実は、私は2012年のミニアルバムを聞いてびっくりしました。というのは、一体何があったのかと思うほど声が変わって音程も安定していなかったからです。さらに、激やせしてもいました。

2013年3月、アレックスさんはパーキンソン病と診断されたと告白。2012年にはすでにそう診断されていたそうです。

その当時、楽器も演奏していたし歌も歌っていましたが、パーキンソン病ということは、これから動けなくなるの…⁈とファンとしては大ショックでした。

でも、2019年現在も、歌ったり楽器を弾いたりしています。

よく知らない人は、パーキンソンはかかったら悪くなるばかりというイメージを持っているかもしれませんが、医学は日々進歩しているので、アレックスさんによると、薬でかなりの症状を抑えられるということです。

そういえば、同じくパーキンソン病のマイケル・J・フォックスさんも、昔は車椅子だったのに、最近見たときは立って歩いてずいぶん滑らかに話せるようになっていたので、よくなるんだ〜!と驚いた記憶があります。

2017年のインタビューでは、「主治医もびっくりしているけれど、なぜかパーキンソン病の症状が出なくなった。もう薬もいらないくらい」と語っています。

最近のライブの様子をみると、確かに一時に比べて調子が良さそうに見えます。

 

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2018年のライブの様子

一番悪いときは車椅子で話すこともできなかったということなので、それを思うと奇跡みたいな話。絶対に諦めない音楽への執念が病気に打ち勝ったのでしょうか。

 

 

これからの音楽活動

2016年から現在は、こちらPatreon - Alex Band is creating MUSIC でファンに向けて曲を公開しています(1曲は無料で公開しています)。

聞いてみると、とても調子が良くて昔と同じような力強い声を聞かせてくれる時もあるし(音源自体が古いものもありますが)、調子があまりよくない時もある様子。

なので、心配もあるのですが、もうすぐ2枚のアルバムをリリースする準備をしていると言っています。

1枚は、ザ・コーリングのヒット曲をアコースティックにアレンジして、セルフカバーしたアルバム。

もう1枚は、新しい曲のアルバム。

実は2016年ぐらいからもうすぐ出すと言っているのですが、未だ実現していません。2019年こそはきっと…!と思います。

 

最後に

美貌と才能を生まれ持ち、ハリウッドで生まれ育ったアレックスさん。まるで映画の主人公みたいですが、20代後半からは苦しい時代が続きます。

健康状態が心配ですが、今年こそはきっと新しいアルバムが出ると信じています!その時、元気な姿を見せてくれたらいいなあ〜と切に願っています。

彼の音楽は時とともに少しずつ変わってはいますが、私がずっとファンでい続けたのは、どんな時でも本当に素晴らしい曲、美しい声を聞かせてくれたからです。

そんなアレックスさんの曲やアルバムについては、以下の記事にまとめました。レアな未発表曲のことについても触れているので(そしてそれが本当に素晴らしいので)、ぜひのぞいていってくださいね。

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